■著名人とユースホステル関連図書
小澤征爾・ボクの音楽武者修行
岩崎和雄・太田大英・スクーター
竹村健一・1500円世界一周
渡部昇一・ドイツ留学記
小田実・何でもみてやろう
金子智一・ウォーキング協会
橋田壽賀子・夢はペアレント
増山道保・宇都宮市長
兼松保一・貧乏旅行世界一周
黒田清・向こう3軒ヨーロッパ
浜村紀道・自転車野郎世界を行く
角田俊・バッハラーさんのホステル
中島正晃・グリンデルワルト便り
辻井重・ヨーロッパYHの旅
庄野真・The世界漫遊記
金井重・シゲさんの地球ほいほい見聞録
真鍋博・一人旅教育
池本元光・自転車冒険
熊沢正子・チャリンコ族はいそがない
種村直樹・鈍行列車の旅
荘司としお・サイクル野郎
五木寛之・青年は荒野をめざす
高橋三千綱・九月の空
司馬遼太郎・街道へゆく
荒牧重雄・世界的地震学者
早川由起夫・群馬大学教授
佐藤嘉尚「金子智一伝」
毛利好彰・旅行ジャーナリスト
小林克己・
山浦正昭・JYH研究員
永吉宏英・サイクリング・ホステリング
糸川民生・74歳がユースホステル一人旅
■ユースホステル協会資料
寄付行為
国際ユースホステル連盟規約
■ユースホステル運動研究文献
■映像化されたユースホステル資料
■リヒャルト・シルマン資料
■日本ユースホステル運動資料
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小田実・何でもみてやろう
小田実を一躍有名にした本で、当時ものすごいベストセラーとして、多くの人が先を競ってしゃぶりついて読みました。小田実も竹村健一同様、フルブライトの留学生ののち、欧州へ渡っています。竹村健一に遅れること5年後の1959(昭34年)のことです。
アメリカからヨーロッパへ渡る時に、小田が持っていた金は200ドル(当時のレートで約7万円)。これにオスロから東京間のエアーチケットをもっています。200ドルのうちの100ドルは友人からまきあげた金です。その時の条件が、帰国後に本を書き、それがベストセラーになったら、借金を返すというものでした。小田は1日1ドルで旅行しようと決心しました。
泊まるのは1泊100円相当のユースホステル、スポーツマンクラブ、スチューデントセンターに泊まることにしました。食べるのは街路の立ち食い、もしくはパンと牛乳ですませます。こうすれば、1日1ドルでなんとかやっていけるでしょう。小田はヨーロッパ各地のユースホステルを泊まり、本文中でもユースホステルのお国ぶりについてもこう書いています。
「アムステルダムのユースホステルは、ヨーロッパで、おそらく世界でもっとも厳格なホステルであった。朝7時半には起こされ、8時半ごろには外へ追い出される。これは雨が降ろうが風が吹こうとそうなのであって、午後5時ごろまではホステルの門は閉じている。1日ぐらい休養にあてたいと思ってもそうはゆかない。くたびれはてながら、あてもなく街をぶらついたこともある。このホステルとまったくよい対照をなしたのが、ベルギーのブリュッセルのホステルであった。汚くて、ルーズで、ノンシャランで、いかにもフランス語の通じた国へ来たという感じであった。ユースホステルを見ただけで、イギリス、北欧、中欧、南欧の差は極端に出てくる。
イギリスは親切だが、ぶっていて厳格、清潔。
北欧は清潔、そして親切。
中欧は厳格、杓子定規、清潔。
フランスから南欧にかけてはルーズ、不潔、自由放縦。」
小田実の『何でも見てやろう』は、若者をヨーロッパにかり立てました。1964(昭39)年に海外旅行が自由化され、一人1回500ドルまで自由に持ち出すことができるようになりました。
(日本ユースホステル運動40年史より)
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