ドレスデン

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ドレスデンの勝利

 当時、多くのユース・ホステルはいまだ原始的段階にあった。その中でも、緊急の改築を要したのはドレスデンにある三つの市営ホステルであった。一九二七年シルマンは、市当局の興味と良心を惹き起さんものと、ひとつの新しい手段をとることに決意した。すなわち、ブランデンブルクに水上ユース・ホステルとして使用されていた船が、エルベ河を宣伝航行しはじめたのである。


 シルマンをキャプテンに、船内は陽気な若者たちの歌とフォークダンスでみちみちていた。旗をなびかせ、歌声をのせ、船はエルベ河を遡り途中たちよる町や村では、フォークダンスの披露に及んだり、コンサートを開いたりした。船がドレスデンに到着するまでに、その評判は広がり多くの人びとの関心を呼んだ。市当局も市主催レセプションをもって、一行を迎えた。

 その時の模様を、シルマンは、つぎのように著している。「われわれは、地方労働省及び福祉省の代表、市長、青少年団体、ユース・ホステル協会の代表者から大きな歓迎を受けた。感謝の歌を合唱した後、われわれは一〇台のタクシーに分乗して公会堂へ、そこでは、盛大なレセプションが催されることになっていた−市長の車に乗る前に私は、例の三つのユース・ホステルのうち一番近いところを訪ねてみたいので、途中車を二、三分止めてくれないかと頼んだ。なんらためらう様子もなく、市長は承諾してくれた。ところが、間髪をいれず書記長が口をはさんだ“とても無理ですよ、市長”二言三言小声で書記官と言葉を交わしているうちに、市長の頬に血の気がさしてきた。そして途中で車を止めることはできないと言いだした。到着が遅れると歓迎会の盛りあがりを妨げることになるし、来賓を待たせるわけにはいかないとも付けたした。

 言うなら今だ。私は隠し隔てなく口火をきった。市長、ユース・ホステルを訪問できないのでしたら、歓迎会に出席することはできません。この“歌声船”の旅を計画したのも、あなたの美しい町に言うにたえないひどいホステルがあると聞いて、それを視察することに目的があったのです。ユース・ホステルを訪ねることが先決です。さもなければ、今すぐにも、錨を揚げて、つぎの町へ出発しなければなりません。こう言った途端に、この紳士方の態度は慇懃になり、ちょっと場をはずすと、互いに額を寄せあって何かひそひそ話を始めた−やがて、市長が言った。“よろしい。二、三分時間をさきましょう”

 そのユース・ホステルは、私の想像以上にひどいものであった。市長は冷ややかに言ってのけた。“ブタ小屋でも、これよりはましでしょうな−これまでのところ、これで精いっぱいでしてね−まあ、向う一年のうちにドレスデン市で、相当なホステルを準備いたしましょう。

 約束は守られた。それから一年後、ベッド数約一〇〇のすばらしい船が特別にユース・ホステル用として造られ、シャンダウ近くに錨をおろした。二年後、建築中だった師範学校がモデル ユース・ホステルとして開所した。(建築費九五万マルク)

 この話は、数年後シルマン白身の口からはじめて明るみに出た。

ユース・ホステルの祖父(グレアム・ヒース)より
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