■日本ユースホステル協会史
■1951〜1960
■1961〜1970
■1971〜1980
■1981〜1990
☆会員減は止まらず
☆桜内義雄の10年間と二人の理事長
藤井務理事長の時代
☆兼松保一理事長の時代
■1991〜2000
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会員減は止まらず
1981(昭56)年度の会員数は31万名。前年1980(昭55)年の会員数37万名。一年間で6万5000名の会員減となりました。昭和40年代中盤に黄金時期を迎えたユースホステルが、5〜6年間でかくも鮮烈な下向局面に急転回で直面したのは何故でしょうか。
海外旅行は、1985(昭60)年秋の円高以降ブーム状況が続いています。本来なら、海外旅行ブームは国際的なユースホステル運動にとってプラスに作用するはずです。この時期そうはならなかった理由は、航空、ホテル、食事つきの手軽なパッケージツアーに若い人たちも含めて大挙して参加してしまったからです。ブームの海外旅行が、必ずしもユースホステル運動の追い風につながらなかったのは残念でした。
施設面でいえば、昭和50年代に競合施設がますます多様に出現しました。従来からの国民宿舎、国民休暇村は無論のことですが、各地の民宿やペンションはますます増加しました。都市ではビジネスホテルも割安料金で快適施設を売り物にしました。北海道ではユースホステルと競合するユース民宿も出現して人気を博してきました。いずれも新しい施設は設備水準も高く快適ですし、古い施設も設備改善に意欲的でした。
逆にユースホステルは、この時期、宿泊設備の改善や運営面でいかがでしたでしょうか。協会の組織面や運営面でもユースホステルを利用する会員層、ひいては現代社会の状況に適応するよう、大改善や柔軟な発想に果たして意欲的であったでしょうか。 |